デンマークでポスドク、大学発ベンチャーで研究員をした後、ひょんなことから大学の助教となった一博士号取得者が日々感じたこと、たまにサイエンス(主に化学)についてつづります。


by Y-Iijima_PhD
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中国から撤退

しばらく放置していましたが久々の更新です。中国からはこのサイトがブロックされているのでVPN経由でしかつながらない、そのVPN自体も接続できなかったりすぐ切れてしまったりするのでブログを更新するのも億劫になっていました。まあ特別書きたいネタもなかったのもあります。

さてタイトルどおり、中国から完全撤退しました。向こうにいたのは9ヶ月ほどです。最初は数年はいるつもりでしたが、少し働いてみて会社のあまりのいい加減さから何年もいると得られるものより失うものの方が多いと感じたので、少なくともこの会社でビザの更新はしないように方針転換しました。前に見学に行った時にディスカッションした英語が話せる化学分野のマネージャーが辞めてしまっていて、まともに英語で専門的なことを話せる人がいなくなってしまったというのも大きいです。また日本にいたときから食事には気を使っていましたが、中国の食品の安全性には想像以上の問題がありました。日本人を始め外国人が多く住む、中国最大の経済都市上海といえども全く油断ならないというか、まともに食べるものもないというのが現状だと思います。これについてはまた別の記事で書く予定です。さらに追い討ちをかけるように2012年の9月には反日暴動が中国各地で起こり、大丈夫だろうと思われていた上海でも大規模なデモが行われ、危害を加えられた日本人も出ました。幸い自分の住むエリアは日本人が多く住むエリアからは離れていましたし、会社も安全には少なからず気を使ってくれていました。基本的に海外では極力ローカルに溶け込んで生活するようにしているし、日本人街にはほとんど行ったこともなかったので直接影響はありませんでした。それでも外を出歩くときには日本人と悟られないように妻と話すときも極力日本語は話さないようにしていました。まあここは妻がタイ人でよかったかもしれません。少なくとも1ヶ月ぐらいはかなり気を使っていました。

さらに冬が近づいてくると会社の実験室には暖房がないという驚愕の事実が判明しました。まあ夏も扇風機だけだったので怪しいとは思っていましたが、暑いのはタイで慣れて平気になっていたし、日本の研究室も結構寒かったからまあ何とかなるかと思っていたら甘かった。12月になってから室温が二桁になることがなく、ぎりぎり水浴が凍りつかない程度でしかない状態が2ヶ月近く続きました。こんな環境でまともに実験を続けるなんて不可能です。周りの人も前から大して働いていませんでしたが、冬になってからいっそう生産性が下がり実質労働時間2時間程度の人ばかりという、どこの役所だと思うような状況でした。この時点でもう1年もいる意味があるのかと思い始めました。というかすぐにでも辞めたいところでしたがプロジェクトがなかなか終わらなかったのでそれだけは目途をつけようということで何とか気力を持たせていました。

そして止めを刺したのが年が変わってから酷くなった大気汚染です。上海に行ったときから空気の悪さは気にはなっていました。それまでの半年間天気としては晴れでもまともに星が見える日がほとんどないぐらい空が霞んでいました。しかし、北京で大気汚染が酷いと日本でもニュースになり始めた直後、上海でも北京ほどではないまでも汚染が深刻な日が続きました。本当にひどい日は外に出た瞬間に空気が臭い。NOx、SOx、オゾン濃度がかなり高いので漂白剤のような臭いが鼻にツーンと来ます。そしてマンションの隣の棟でさえ霞んで見える。まるで曇りガラスの眼鏡をしているかのよう。200mも離れれば全く何も見えない。ここまで酷い日は流石に数えるほどでしたが、ここから2ヶ月ほど空気が良いといえる日もなく、さらに1ヶ月以上咳が止まらない状態が続いたのでこれはもうここを離れるべきだという体からの警告だと理解し、帰国することを決めました。妻も中国にはもう辟易していたのでこの辺で潮時でした。

実際に中国を離れたのはそれから2ヶ月ほどしてからですが、その間に2回日本に一時帰国する予定があり少し休めたのと、転職活動を始めて次が決まらないまでも何かしら手ごたえを感じてから帰国したかったのと、飼っていた猫が検疫のため8月まで日本にはつれてこれないのでそれをどうするか戦略を立て、手続きをするのに時間がかかりました。これについても別記事で書きますが、日本に連れて行くには8月までだめですが、タイであれば1ヶ月前に手続きすれば大丈夫で、義理の弟が面倒を見てくれるということになりました。そこで上海から日本には直接帰らず、タイ経由で帰ることになりました。時期的にもタイの正月だし、心身ともに疲弊していたので思い切って3週間ほど滞在することにしました。上海で使っていた家電もタイであれば電圧が同じなので使うことも出来るので処分するものも少なくて済みます。

ということでタイでしばらく休暇を楽しみ、たっぷり充電してから帰国して1週間ほど経ちました。上海を離れてすぐに鳥インフルエンザの報道があり、上海の死亡者が住んでいた地域が会社からそんなに離れていない場所でしたが、体調の変化はなく、大流行になる前に抜け出せてよかったと思います。中国の衛生状況、中国人の他人にはお構いなしの性質、政府の隠蔽体質から封じ込めは不可能だと思うので日本に上陸するのも時間の問題かもしれませんが。また離れる前はすぐにでも戦争が始まるのではないかというほどテレビニュースで軍事関係のものが多かったし、そもそも社会として成り立っているとはいえない、何がきっかけで崩壊するか分からない国です。向こうで稼いだ金も大して黒字ではないとはいえ無事日本に移動できたので一安心です。仕事のほうはまだ面接結果待ちが2件で決まっていませんが、じっくりと自分がこれから何をしたいか、将来的にどういう風に生きていきたいかを考えて決めたいと思います。とりあえず中国から無事抜け出せてよかった。
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by Y-Iijima_PhD | 2013-04-29 01:53 | 日常