デンマークでポスドク、大学発ベンチャーで研究員をした後、ひょんなことから大学の助教となった一博士号取得者が日々感じたこと、たまにサイエンス(主に化学)についてつづります。


by Y-Iijima_PhD
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400MHz NMR

本日より研究所で400MHzのNMRが稼動し始めました。NMRというのはNuclear Magnetic Resonanceの略で日本語では核磁気共鳴と訳されます。簡単に原理を説明すると、一部の原子の原子核は磁石としての性質を持っていて、強力な磁場の中におくと一定方向にそろえることができます。ここに特定の電磁波(ラジオ波)を当てるとエネルギーを吸収し、元に戻るときにまた特定に電磁波を放出するのでこれを検出するというものです。有機化合物に多く含まれる水素原子がこの性質を持っており、結合している原子やその位置によって出てくる信号が異なるのでこれを読み解くことで化合物の構造を決めるのによく利用されます。この原理を元に体内の臓器中の水(の水素原子)の信号の違いで画像化したものがMRIです。MRIには核という言葉が抜けていますが、これは核というと放射線被爆をイメージしてよくないということでわざと抜かしたようです。実際にはNMR、MRIは放射線とは全く関係ないし、エネルギー的にも核分裂、核融合とは比較にならないぐらいはるかに小さいものです。

磁場としては強力な超伝導磁場を使っています。どれぐらい強力かというとピップエレキバンの10倍、強力な磁石であるネオジム磁石の数倍の強さの磁場を使っています。ネオジム磁石ですら鉄や磁石同士が張り付いたらはがすのが大変なので、超伝導磁石に鉄製品が張り付いたら人力ではがすのはほぼ不可能です。MHzの数字が大きくなるほど高性能になり、それにしたがって価格も上がっていきます。600MHzで1億円ぐらいのようです。さらに高性能のマシンには外部磁場の影響を受けない、さらに強力な磁場でねじが外れたり、鉄板がはがれたりしないような特別な部屋が必要になるので実際に必要な費用はさらに高いはずです。さらに超伝導を維持するために液体ヘリウム(0.95 K、-272.2 ℃)で磁石を冷やし、さらに保冷用に液体窒素(-196 ℃)を大量に使うので維持費も結構かかります。400MHzぐらいが日常的に使える中では高性能のマシンだと思います。

NMRは有機合成の研究には必須といえる分析機器なのですが、去年の夏ぐらいから、つまりポスドクとしてやってきて3ヶ月ほど経った後は断続的に故障していてほとんど測定できないでいました。250MHzの機械が日常的に使えるものでしたが、1週間ほど使えるようになったら、1ヶ月故障の繰り返しで、年があけてからは数回しか使えていませんでした。500MHzもありましたが、こちらは特別なときだけしか使えないというものでした。しかもこちらは年明けあたりから完全に故障して復旧不可能となり、使える部品は他の機関のものに移植され完全廃棄となりました。こんな状況だと普通は有機合成などやっていられないのですが、単純な反応、化合物ばかりでMS(質量分析計)があれば反応したかどうかは大体わかるような状況だったので何とかやってこれました。でも、基本的には目隠しして歩いたり、味見をしないで料理を作るようななんとも心許ない状況でした。あまりうまくいっていなかったからとる必要もないというのもあったけど、とれないからうまくいかないというのもあったかもしれません。

しかし、これでようやく普通に分析ができます。ただこの研究所、試薬はデーターベースに登録して、検索できるようになっているもののしょっちゅう行方不明になっていたり、あっても保存方法がいまいちで壊れていたり、必要な器具が見当たらなかったり、化学の研究所なら当然あるべきものがなかったり、あっても結構広い研究所中を歩き回らなければいけなかったりと研究環境としては結構不満に思うことも多々あります。みんなこれに関して同じように感じているようです。基本的にパーマネントなポジションがないので人が2,3年で入れ替わるから何がどこにあるかという情報が失われていくことが問題なんだと思います。機械類も特定の人しか使わなかったりして、その人がいなくなり誰も動かせなくなっているというものが結構あるような気がします。同僚、福利厚生、給料に関しては概ね満足しているものの、肝心の仕事を進める面でいまいち不便なので、早めに次のところに動きたいという気持ちも結構あります。まあ、データも取れるようになったし、早いところ今の研究を仕上げて、結果をまとめるのが先決なんでしょうが。
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by Y-Iijima_PhD | 2008-05-14 07:03 | 化学