デンマークでポスドク、大学発ベンチャーで研究員をした後、ひょんなことから大学の助教となった一博士号取得者が日々感じたこと、たまにサイエンス(主に化学)についてつづります。


by Y-Iijima_PhD
カレンダー

<   2008年 03月 ( 25 )   > この月の画像一覧

蜘蛛の糸

「博士募集」に応募殺到 秋田県教委が教員採用

MSNニュースより、リンクがいつまで続くかわからないので引用しながら思うところを書いていきます。

全国で初めて秋田県教委が実施した博士号取得者対象の特別選考で合格した理工系大学研究員6人が1日、県立高校教員に採用される。選考は予想を大きく上回る10倍の難関だった。地方の教員試験への博士殺到には、「末は博士か大臣か」と言われた時代からは想像もつかない深刻な理由があった。(宮原啓彰)


これは現在ポスドク問題で苦しむ人にとっては蜘蛛の糸のようなものだったと思います。自分も募集要項を見てみましたが(応募する気は皆無ですが)、けっして待遇はいいとはいえません。民間企業に入ったほうがはるかにいいはずです。それでも応募が殺到するのは大学、国研で研究者をやっていても契約は期限付き、上のポジションが得られる可能性も低く、給料も安い。かといって民間に就職しようにも企業は博士を採らない。専門にこだわるからだめなんだといわれても新卒優遇の社会状況では職歴のない人間が採用される見込みはないという八方ふさがりの状況からなんとしてでも抜け出したいという人が少なくない数でいるということでしょう。

応募があるのかさえ不安だった秋田県教委だが、結果的には反響の大きさに驚かされた。意外だったのは面接で「大学にいても生活できない」と志望動機を話す人がいたことだ。


もちろん博士の就職状況は分野によって全く違ってきます。文系はもっとも厳しく、工学系はそれほどでもありません。これは研究内容が産業にどれほど関係しているかによります。自分の専門である有機合成化学は産業にほぼ直結しているといえるます。もちろん大学でやっている研究は商業目的ではないですが、実験の技術、反応の知識、分析技術はほとんど同じです。基本的には目的や考え方、作る量が違うぐらいで、それらは会社に入ってから学んでも遅くはないと思います。ということで会社によって博士はあまり好きじゃない、採ったことがないからわからないというのはありますが、就職先がないとか専門と全く関係ない仕事をしないといけないというようになる可能性は最も低い分野かもしれません。

しかし、「大学にいても生活できない」ということに関しては同じような状況に近づきつつあるのではないかと思います。アカデミックにこだわらなくても専門を生かせる分野ではありますがやはり少なからずポストが空くのを待っているポスドクはいますし、アカデミックポストの倍率は高いです。高倍率を勝ち抜いて得たポストですが、最近では3年程度の任期制。その間にいい結果を出して、かつ次のポジションの空きを見つけ、また高倍率を勝ち抜かなければ再びポスドクに後戻り。場合によっては研究員としてお金を払って大学に籍を確保して次のチャンスを待つなんてこともありえます。その上給料も安い。実際に給料がどの程度なのかはっきりとは知りませんが、出身研究室の助教の生活状況、給与明細を見たことがある人の話からして安いといえるレベルでしょう。準教授ですら高くはないですから(こちらはちょっと見たことがあります)。それにしても大学の助教の給料は実際にいくらもらえるかは実際に働き始めるまでわからないんですかね。欧米はもちろん企業、アカデミア問わず日本でも企業は内定の前に最初の給料がいくらかわかると思うんですけど、それを提示しないで採用しているような気がするんですがいいんですかね。超買い手市場なので応募する方はどうしようもないですが。

昔は教授に気に入られて助手として大学に残れればあとは大体エスカレーター式に出世していける、はっきり言ってぬるい職業だったと思います。そういう点では官僚に似ているかもしれません。公募制、任期制になって悪しき因習がなくなっていくのはいいですが、若い世代ばかりがとばっちりを受けているような気がします。

文科省は「研究職にこだわらず、外の社会にも視野を」というが、民間企業では「学部卒入社の同年代社員に比べ、実務経験が乏しく、専門領域が細分化し企業ニーズと一致しないなど博士の採用を避ける傾向にある」と沢教授。


これがポスドク問題のみならずニート、フリーター問題も深刻にしているのではないかと思います。崩れてきているとはいえ終身雇用と年功序列がこの根本的な原因ではないかと思います。そして付和雷同する協調性、空気を読むことを重視する企業だと、研究というのは基本的にその逆なのでそれをやってきた博士は相性が悪いと思います。

ポスドク問題は根が深くおそらく解決されることはないでしょう。博士進学者も減ってきているので今後は大学教員ポストの需要と博士卒の供給が均衡を取れるところまでいって落ち着くでしょう。あふれた人は社会の闇に葬り去られることになると思います。博士号取得のためには多額の税金が投入されていますが、新たに税金を投入して救済するより損きりしたほうが安上がりでしょうから。そのかわり日本のアカデミアは崩壊し、人材流出にもさらなる拍車がかかることでしょう。まあ、海外で暮らしていければあまり関係ないんでいいんですけど。
[PR]
by Y-Iijima_PhD | 2008-03-31 07:13 | ポスドク問題

風強すぎ

今日は天気はまあまあなものの風が無茶苦茶強いです。風速は20m以上。南風だから寒くはないけど自転車が下り坂でも全く前に進めないほど。研究所までの道のりもいつもの3割増ぐらい時間がかかりました。まあ風が強いのは別に珍しいわけでもないですけど。これだから風力発電が成り立っているんだと思います。ただあんまり強すぎると風車が壊れることもあるようですが。

というわけで今日も休みだというのに会社に来ています。実は昨日も来てたりします。明日3週間もバカンスを楽しんでいたボスが帰ってきてしまうので、火曜の報告会に少しぐらいは進んでいるところを見せなければならないので。とはいってもそんなに仕事をするわけではないですが。週末も会社にはだいたい来ていますが、土曜は買い物帰りの休憩、日曜はほとんどサイクリングしに来ているようなものです。今日は流石に少しはやりますが、とりあえず散歩に行ってからにします。

もう少し気持ちに余裕ができるぐらい仕事が進んでくれると良いのですが、やってもなかなかうまく行かない、さらにやる気が低下するという悪循環に陥りつつあります。これからますます暖かく、日も長くなるのでますます仕事なんかやってられるかという状況になりかねないので何とかしないといけません。

サマータイムも始まり、暖かい日も増えてきたのでそろそろ自転車で遠出をするのにいい季節。去年はいろいろ行こうと思っていたけど結局Hillerødにしか行けませんでした。遠出するには朝早く起きて、天気もよく、風も強くないという条件がそろう必要がありますが、なかなかこれらすべてを満たす週末はありません。とりあえず前日飲み会でなければ早く起きることにして確率を高くする必要がありますな。今年は絶対Helsingørまでは行きます。Roskildeも行ってみようかな。
[PR]
by Y-Iijima_PhD | 2008-03-30 22:38 | 日常

Sommertid begynder

本日よりサマータイム開始。日本との時差は-7時間となります。昨日より時計を1時間進めるのですが、具体的にどこで1時間とんでいるかというと今日の深夜2時代ががなくなっています。1時59分59秒の後そのまま3時になっています。見にくいけど証拠映像。


日の出の時間も1時間遅くなって、今日は6時46分。でもしばらく早起きしなければいけない用事も無いので特に問題なし。その代わり日の入りも遅くなり、こちらは19時42分。習い事に行く7時ぐらいではまだまだ明るいという状況になり、いよいよ北欧の白夜の時期が近づいてきたと感じます。

今年の夏は本物の白夜を体験しに北極圏まで行ってみようかな。でも、Poland、Czechとか中欧の国にも行ってみたい。今年は有給もたっぷり取れるから1週間ぐらいサマーハウスを借りてのんびり過ごすのもいいかな。と、今から夏の旅行のことを考えてしまうのでした。
[PR]
by Y-Iijima_PhD | 2008-03-30 18:17 | 日常
朝5時起床。5時半に宿を出ることになっているので軽く朝食をとって、身支度を済ませて宿のおばちゃんが起きてくるのを待っていました。

しかし、5時半になっても全く誰も起きてくる気配がしません。真っ暗な中、他の人を起こすのもまずいなと思っていましたが、おばちゃんがどこにいるのかわかりません。いくつか部屋をのぞいているうちにようやくおきてきました。時間はもう5時45分。寝起きで超不機嫌なまますぐさま車へと乗せられました。

バスの時間も迫っているので車を猛スピードで飛ばしていきます。終始不機嫌なままでしたが、ぎりぎりバスに間に合い、車の中で宿の支払いを済ませました。バスの乗客はまばら。さすがに朝早い便だからそんなにたくさんは乗ってこないでしょう。

バスは基本的に空港とバスターミナルを結ぶシャトルバスのようなものですが、通り道のバス停で待っていると途中乗車も可能なようです。基本的にCroatiaでは他の長距離バスでも途中乗車が可能で、途中下車に関しては運転手に言えばバス停でないところでも降ろしてもらえます。宿の結構近くのバス停でも乗れたようだったので、ルートがわかっていればわざわざ送ってもらう必要もなかったのに。

Dubrovnikの空港は街から22km離れた山の中にあります。海岸沿いは崖だらけで平地がないので、いかにも山の上を削って作った感じがします。ターミナルビルはまだ新しい感じでZagreb空港よりも立派に見えます。Zagrebの空港もそうでしたが、こちらもゲートから直接飛行機には乗り込めず、全てバスで移動します。

DubrovnikからZagrebまではバスだと11時間もかかりますが、飛行機だとたったの50分。ただ今回のように早朝の便ぐらいしかなく、空港も街から遠いし、値段もバスの倍ぐらいするのであまり便利とはいえません。それに海岸沿いの景色がいいので片道はバスを使ったほうがいいでしょう。すぐ着くし一眠りするかと思っていましたが、気流が悪くおちおち寝てもいられません。あまりに揺れがひどかったので機内サービスも一切無しでしたがとりあえず無事に到着しました。


今日はCroatiaも休日のため、店もあまり開いていません。それに大体のところはもう見て周ったので基本的にホテルでゆっくりお休みにしました。雨も降っているし。雨が小降りになったときにちょっと散歩したり、ホテルの目の前の駅地下風のショッピングセンターでコーヒーを飲んだりしていました。

ということで今日はたいした写真もないですが、道を歩いていてちょっと気になった標識を。

b0121425_533561.jpg


他にもautobusバージョンもありました。予想はつくと思いますがタクシーは除くという意味で、英語にすればexceptです。サッカー日本代表のオシム監督も同じスペルで旧ユーゴの言葉は基本的にどれも同じなのでおそらく同じ意味なんでしょうね。

お金は次の日の空港までのバス代をのぞいて60knほど残っていました。デンマークだとこの程度では昼飯すらまともに食べられるかというぐらいですが、Croatiaでは十分です。レストランに行けばもう少し余裕がほしいところですが、駅地下のファーストフード程度だったら使い切れません。ピザ、ホットドッグ、ハンバーガー、コーヒーのどれもが10kn程度。スーパーで売っている果物やジュースも安いので結局少しあまりました。


次の日の飛行機は8時20分とまたしても朝早い便。ホテルを6時にチェックアウトして空港に向かいました。帰りも行きと同じウィーン経由。今回もウィーンで3時間近く待ちましたが、昼過ぎにはコペンハーゲンに戻ってきました。これにてCroatia旅行は終了です。友人に会い、アドリア海の太陽を浴びて、おいしい海の幸を味わい、旧ユーゴの歴史の闇の部分にも触れるという中身の濃い旅行でした。まだしばらくヨーロッパにとどまれるのであれば是非もう一度行ってみたいと思います。次はもっと天気のいい夏がいいですね。

最後に帰りのウィーンまでのCroatia航空の機内でもらったクッキーに関する内容で閉めたいと思います。このクッキーは胡椒とハチミツ味のちょっと変わったクッキーでした。その説明文から一部引用します。

Throughout history, until most recent times, foreign invaders and aggressores have reached for this land which combines Central Europe and the Mediterranean in ideal proportions. They were after the honey, leaving us the pepper. Now when we are finally on our own, we can enjoy both qualities of this traditional biscuit.


Croatiaの今後の平和と発展を祈ります。
[PR]
by Y-Iijima_PhD | 2008-03-24 12:00 | 旅行
今日の天気はまあまあ。多少雨は降るけど傘がなくても大丈夫な程度です。ということで朝から観光開始。

まずは城壁を一周しました。街をぐるり取り囲む城壁はおよそ2kmあります。入場料が50knとちょっと高いですが、Dubrovnikに来てここを歩かないわけには行きません。城壁には大砲が置いてあったり、狙撃用の小屋があったりしてまさに要塞といった感じです。しかし、街の方を見ると赤い屋根で統一された街並みがとても綺麗です。

b0121425_97301.jpg


城壁の半分ほどを歩くと写真のような廃墟がありました。

b0121425_9145358.jpg


どうやらこれは内戦によって破壊されたもののようです。Dubrovnikの街並みは今でこそ綺麗に復元されていますが、91年から92年にかけて激しい爆撃にさらされ甚大な被害を受けました。そのため一時危機遺産リストに登録されていました。当時の爆撃の様子はここここで見ることができます。

ガイドブックに書いてありましたが、セルビア軍を中心とする旧ユーゴスラビア軍がなぜDubrovnikを攻撃したのかは理解に苦しむところがあります。軍事的にも重要な場所ではないし、セルビア人とのトラブルも特にない地域であったにもかかわらず。セルビア軍は簡単に占領できると考えていたようで、さらに周辺に住むセルビア人を紛争に巻き込む目的があったようです。自分が思うに見せしめとして世界遺産を破壊するという目的もあったのではないでしょうか。

城壁を一周し再び街のメインストリートに戻ってくるとなにやらパレードをやっていました。今日がイースターだからなのか、それともいつでもやっているのかはわかりません。



旧市街を一通り見ましたが、ちょっと高いところから全体を見てみたいということで街の西側にある山に登ってみることにしました。ここは以前はロープウェイがあったようですがこれも内戦で破壊され未だに復旧していません。そのため山頂に行くにはタクシーで大回りしていくか歩いて山道を登るしかありません。当然歩いて上りました。

登山道は最初は森の中の山道といった感じですが、少し行くと岩だらけの開けた道を山頂まで歩いていくことになります。ある程度上ると街が一望できます。

b0121425_9395570.jpg


山頂は412m。ガイドブックには2時間の道のりと書いてありましたが、旧市街から1時間ほどで到着しました。我ながら健脚です。しかし、山頂は雲の中。視界はものすごく悪く、目の前にある建物もよく見えません。

山頂にある建物は基本的に廃墟です。これらも戦争で破壊されそのまま残されています。霧の中に崩れかけた建物があり不気味な雰囲気です。

b0121425_9445254.jpg


こちらはロープウェイの山頂駅。完全に破壊されています。

b0121425_945244.jpg


そして、砲撃による破片を受けたと思われる扉。

b0121425_9463813.jpg


山頂には爆撃による犠牲者の慰霊碑と思しきものもありました。

b0121425_9474843.jpg


綺麗な街並みとは裏腹にDubrovnikは内戦の悲惨さを今に伝える役目もしているようです。この山頂の廃墟もそれを忘れないために意図的に残しているのかもしれません。


Dubrovnikで行きたいと思っていたところもこれで全て周ったので明日の空港行きのバスの時刻を調べにバスターミナルへ向かいました。バスターミナルは旧市街から5km離れていますが時間もあるのでまた歩いていきました。しかし、今日は休日のため窓口は全て閉まっています。外に時刻表も貼っていないので、宿に戻っておばちゃんに相談してみることにしました。

飛行機は朝7時半。これに乗るにはいったい何時に宿を出ればいいんだろうか。おばちゃんに聞いてみましたが、英語がいまいち通じません。そこでちょうど帰ってきた娘さんに通訳してもらいました。バスは5時50分にターミナルを出発するそうで、おばちゃんは朝5時半に新たな客を迎えにバスターミナルまで行くそうなので、そのときに乗せて行ってくれるということになりました。

一休みしたあと、お土産を買って、夕飯を食べるために再び旧市街まで行きました。今日はイースターなので肉は食べないというわけではないですが、今夜もシーフード。シーフードスパゲッティを頼みましたがなかなか美味でした。

明日も朝早いし、20km近く歩いて疲れたので今日も早めに床に着きました。この旅行中毎日早寝早起きの規則正しい生活をしています。
[PR]
by Y-Iijima_PhD | 2008-03-23 12:00 | 旅行
飲み会続きで更新が滞ってましたが、続けます。


今日は朝10時のバスでDubrovnikへ向けて出発します。その前に朝の散歩ということで朝7時過ぎにもう一度旧市街を周ってきました。気温はちょっと高めですが天気は少し雨模様。たいした雨ではないですが、Dubrovnikの天気が心配です。

カフェで一杯コーヒーを飲んでから宿に戻って一休み。11階から眺めるアドリア海はとても綺麗です。こうして海を眺めながめているととてもゆったりとした気分になれます。もう少し長く滞在して海辺でゆっくりコーヒーを飲んだり、本を読んだりしていてもよかったかなと思います。


10時のバスに乗り、Dubrovnikへ出発しました。今日のバスもほぼ満席。でも今日はほとんどが観光客です。SplitからDubrovnikまでは200km。しかし、ここから先は高速がないので4時間の長旅です。

Splitの街を抜けるとバスは海岸沿いの道を進みます。Dubrovnikまでリアス式海岸が続くため道はかなり曲がりくねっています。しかも海岸線がほとんど急な崖になっているので山を登ったり、下ったりしながら進んでいきます。このバスルートの景色も大変すばらしいです。晴れていればもっとよかったんだろうけど雨脚が強くなってきました。

しばらく進むとバスは内陸部の道へと入っていきました。道幅が急に狭くなり、すれ違うのがやっとです。しかも舗装もいまいちだし、崖の間をくりぬいたような狭いところを通り抜けたりします。さらに今度は完全に工事中の山道、全く舗装などされていないところを通ったりします。本当にこの道で大丈夫なのかと思うぐらいハラハラしながら行きました。

危なっかしい道を1時間ほど走った後再び海岸沿いの道に戻り、しばらくするとパスポートとアナウンスが流れゲートが見えてきました。実はDubrovnikは飛び地で陸路で行くには一部区間だけBosnia-Hercegovinaを通過しなければなりません。というわけでゲートは国境です。バスが止まると警官が一人乗り込んできて、乗客のパスポートを一人ずつ確認していきました。基本的に顔写真を見て確認するだけでスタンプは押されません。

順々に見ていって最後まで来たところで乗客の一人が理由はよくわかりませんが警官に連行されていきました。何でDubrovnikに行くのにパスポートが必要なんだとか何とかいっていたので目をつけられたのでしょうか。おかげでその乗客が帰って来るまで30分ほど待たされました。全員そろったところで出発し、少し進んだところで3時間目にしてようやく初のトイレ休憩。その後30分も進まないうちに再び国境へ。Croatiaに再入国です。今回は何事もなく通り抜けられました。

さらに進むこと1時間弱でようやく最終目的地Dubrovnikへと到着しました。DubrovnikはCroatiaの南の端の方に位置しています。世界遺産にもなっている美しい旧市街が観光の目玉です。帰ってきてから語学学校で同じクラスのMacedonia人の子が言っていましたがマルコポーロは実はこの近辺の出身なんだそうです。他にもCroatia出身の有名人には天才科学者ニコラ・テスラもいます。あとはネクタイ発祥の地としても有名です。

さて、到着してまずしなければならないことは今日、明日の宿探し。Dubrovnikではプライベートルームに泊まる予定だったので宿の予約はしていません。他の人の旅行記なんかを読むとバスを降りるとおばちゃんがうちに泊まれと声をかけてくると書いてありました。実際一人のおばちゃんが日本人かといって声をかけてきました。うちは何度も日本人をとめたことがあるし、今も一人泊まっているから是非うちに泊まれといってきました。場所は旧市街まで歩いていける範囲で、一泊120knと安かったので即決しました。そして、そのままおばちゃんの車で家まで連れて行ってもらいました。

そこの家では猫を飼っていて、おばちゃんも誰か旅行者から教えてもらったのか日本語でネコ、ネコ言っています。おばちゃんはあまり英語が話せませんが、基本的には親切な人で家につくとパンとグラッパを勧めてきました。そして何かすると口癖のようにdobro、dobro(good、good)といっています。
ちょうどもう一人の日本人が帰ってきたところだったので、少し話しましたが色々な国を回っているバックパッカーのようでした。そして出身を聞いてみるとなんと同郷の千葉県佐倉市。世界はなんて狭いんだ。


雨も小降りになったので日が暮れる前に一度旧市街まで行ってみました。宿からは歩いて15分ほど。途中で崖の上を通ったりします。この近辺もリアス式海岸でかなりの急斜面の上に街があります。

b0121425_6203095.jpg


旧市街はSplitのものに比べてさらに規模が大きく、メインストリートもゆったりとしています。基本的にこちらも石灰岩の白いブロックでできているところは同じです。でもはるかに観光地化されていて日本人のツアー客もたくさんいます。ぐるっと一周しているうちに日も暮れてきました。夜になると街中がライトアップされて綺麗です。

b0121425_6293656.jpg


今日の夕飯は旧市街のレストランでシーフードを食べました。レストランの前を通り過ぎると店の人がようこそ、おいしいと日本語で話しかけてきます。それだけ日本人がたくさんきているということでしょう。シーフードはもちろんおいしいですが、値段はSplitの倍ちかくします。友達もDubrovnikは何もかも高いといっていたけど本当でした。

観光は明日にして、今日は長旅で疲れたし早めに床につきました。明日晴れてくれることを祈りつつ。
[PR]
by Y-Iijima_PhD | 2008-03-22 12:00 | 旅行

Croatia旅行3日目(Split)

本日は早朝のバスでアドリア海沿いの街Splitへと向かいました。

朝7時のバスに乗り込みSplitへと出発しました。早朝だというのにバスは満席どころか立っている人までいます。乗客は観光客というよりほとんどがCroatia人のようです。おそらくイースターのために実家へ帰省する人たちなのでしょう。Croatiaでは日本のお盆のようにこの時期に大移動が起こるようです。

バスは内陸の高速道路を南東へと進んでいきます。基本的に石灰岩の荒涼とした大地が広がっていますが、たまに湖があったり峡谷があったりしてなかなか見ごたえがあります。しかし、さすがに5時間半の長旅なので自分も他の乗客もほとんど寝ていました。高速道路がよく整備されていて乗り心地がよかったのが救いです。

Splitの街が近づくとようやく視界が開け、青いアドリア海が見えてきました。天気は快晴、日差しも温か、気温もデンマークの5月ぐらいはありました。

b0121425_7412263.jpg


バスを降りると早速宿の客引きが声をかけてきました。Croatiaの特に海岸沿いの町ではSobeといって個人の家の一室を貸すプライベートルームがホテルのほかに一般的な宿泊先となっています。しかし、Splitでは前もって宿を予約しておきました。今回泊まるのは苫屋というCroatiaに魅せられた日本人女性が切り盛りするゲストハウス。基本的には地元のアパートの一室で、それをゲストハウスとしているようです。写真の真ん中にある高層アパートの11階(日本では12階)にあります。

b0121425_7405050.jpg


早速チェックインに宿へと向かいました。宿にはオーナー女性のほかに住み込みで働く男性もいました。料金は前払いで一泊120knと格安です。せっかく異国で日本人に会うのでわが社の製品のJacobsenのSaaz Blondを差し入れとしてもって行きました。

宿に荷物を置き、早速市内観光へと出かけました。Splitはアドリア海のリゾートだけでなく世界遺産にもなっている旧市街があります。旧市街は狭い路地がたくさん合って古い建物が立ち並んでいます。各々の建物は今では商店として使われています。

b0121425_7443739.jpg


Stockholmのガムラスタンに似ているかもしれませんが、町全体が石灰岩のブロックでできています。これが真っ白なため太陽の光を反射してとてもまぶしいです。あまりにもまぶしかったので露店でサングラスを買いました。

旧市街の裏手には巨大な銅像が立っていました。

b0121425_746730.jpg


この銅像の足の親指を触ると願いが叶うそうで、皆が触っているためこの指だけ綺麗に光っています。

b0121425_747835.jpg


その後は旧市街で一番高い塔に上りました。ここからは市内がよく見渡せます。赤い瓦で統一された街並みがとても綺麗です。まさに紅の豚の世界です。

b0121425_7495556.jpg


旧市街を一通り見終わった後は裏手にある山に登ってみました。ここの山頂は170mほど。大して高い山ではないですが、すでにデンマークより高いです。山頂からは市内が一望できるし、なにより自然が豊かでとても気持ちがよかったです。しかし、結構歩いたので疲れました。前日のZagrebもそうですが軽く10km以上は毎日歩いています。

いったん宿に戻って休憩した後夕飯を食べに再び街に行きました。今夜はやはりアドリア海名産の魚料理を食べに行きました。魚のグリルの盛り合わせを注文しましたが3匹、日本では見たことがない種類の魚のオリーブオイルソテーが出てきました。どれもとてもおいしく、値段も1000円程度とお手ごろでした。

再び宿に戻りもって来たビールで乾杯しました。クロアチアのこと、デンマークのこと、科学について深夜までいろいろと語り合いました。

明日はいよいよメインの目的地の一つDubrovnikへ向けて出発します。
[PR]
by Y-Iijima_PhD | 2008-03-21 12:00 | 旅行

Croatia旅行2日目(Zagreb)

今日は友人が迎えに来る5時まで自由時間。ということで昨日は日没が近かったので早足でしか周れなかった市街をじっくり見て周りました。気温はコペンハーゲン並みに低いものの快晴だったので自分の歩き回る観光にはもってこいです。

まずは町の中心の広場へやってきました。まだ朝早いので人はまばらです。

b0121425_3235485.jpg


そのすぐ近くの坂を上ったところにある大聖堂。まだ朝の9時前ぐらいでしたが、昨日ほどではないもののすでに人がたくさん礼拝に訪れています。かなり大きいので全体を収めることは難しいです。

b0121425_3225417.jpg


大聖堂のすぐ近くではかなり大きなマーケットが開かれていました。野菜、果物、花から日用品までほとんどスーパーと同じような品揃えです。隣の建物は魚市場になっていて、新鮮な魚がたくさん並べられていました。種類もデンマークとは比べ物にならないぐらい多く、鰯や鮭、マスなどからアンコウ、エイ、うなぎ、タコ、イカまで並んでいました。Croatia人の友人は生魚は食べられないといっていたけどタコは食べるんだなとちょっと意外でした。

b0121425_3261876.jpg


こちらは旧市街への入り口。

b0121425_3361152.jpg


Zagrebは教会のそびえる丘とその向かいに旧市街のある丘の2つの丘を中心として形作られた町です。それぞれの丘は城壁で囲まれ、2つの丘の間は川で隔てられていたようですが、今では城壁はほとんど取り除かれ、川も埋め立てられておしゃれなカフェが立ち並ぶ市民の憩いの場となっています。

こちらは旧市街にある教会。Croatiaをイメージした紋章をモチーフにしたモザイクの屋根が特徴的です。

b0121425_3375344.jpg


このケーブルカーは旧市街とDonji Gradと呼ばれるLower Townを結んでいます。わざわざ利用するほどの距離ではないですが、階段は結構急です。上の塔には大砲が設置されていて毎日12時に一発放たれます。真下で聞いていましたがなかなかの迫力でした。

b0121425_3422118.jpg


その後、ZagrebのCity Museumへ行きました。ここでは町の成り立ちが紹介されています。町の始まりは1000年近く前でかなり歴史のある街です。始めの教会地区と市街とが城壁で隔てられていた当時の地図や模型があったり、その後の度重なる外部からの侵略、支配により町がどのような変遷を遂げてきたかが紹介されていました。そして一番最後のコーナーは十数年前の独立戦争のコーナーでした。ここでは当時のニュース映像が放送されていてました。町の中心地、この博物館周辺も当時は爆撃に合い、多くの建物が破壊されたようです。映像には破壊された建物や車、その脇に横たわる死体が映し出されていました。そして戦争に勝利し、独立を勝ち取った際の歓喜のパレードで締めくくられていました。隣のパネルには独立が他国に認知され当時のローマ法王が祝福に訪れたときの写真がありましたが、広場には見渡す限りの人が集まっていました。

今回の旅の目的は友人に合うこと、アドリア海で太陽を楽しむことはもちろんですが、この内戦について知ることもあります。日本にいてはもちろん、デンマークにいてもわからない人類の歴史の負の側面について知ることで平和とはなんだろうかとあらためて考えてみたいと思ったからです。もちろん今のCroatia、Zagrebは完全に平和を取り戻し、戦争の様子をうかがい知ることはできません。しかし、ほんの十年ほど前まで血生臭い戦争が行われていたことは確かです。YouTubeに動画がアップされているので興味のある方はご覧ください。

友人は戦争が始まったころちょうど大学に入るかは入らないかぐらいの歳だったはず。コペンハーゲンで難民として逃れてきたCroatia人に会ったことがありますが、友人が外に出たという話は聞いた事がありません。もちろん女性だし、出身も国境とは遠い北部の海岸沿いの町なので前線とは程遠いですが、大学はZagrebだろうし、影響がなかったはずがありません。それでも戦争がつらかったという話しは聞いた事がありません。もちろん話したくない部分もあるだろうし、こちらとしても興味本位で聞くことはできませんが、戦争を乗り越えてきたことが彼女の強さを形作っているのでしょうし、人間として尊敬できる面にもつながっているのかもしれません。

平和についてまだ自分なりの答えは出ていませんが、平和、独立を維持することはタダではできないということはよくわかります。そしてそこには民族浄化など負の側面も必ずかかわってきます。しかし、最近の日本を見ているとこの平和、独立をみすみす手放そうとしているのではないかと思えてきます。日本が今まで独立を保ててきたのは地理的な要因がほとんどだし、第2次大戦後平和なのは憲法9条とは何の関係もないにもかかわらず、何かみんな勘違いをしているんじゃないかと。


色々考えさせられましたが、腹は減るもの。気持ちを切り替えて昼飯にしました。前日友人に教えてもらったCroatia唯一の日本料理屋にいってきました。海のある国に旅行に行ったらたいてい寿司を頼みますがここでも注文してみました。魚はかなり新鮮。鮭は北欧には劣るものの他のネタはこちらの方が上です。そしてやはりここでもタコの握りが出てきました。値段は他の店に比べて高いですが、それでもまだデンマークよりは安いです。

街の広場に来ると朝とは打って変わってにぎやかです。



その後はしばらく市内をぶらぶらして、スーパーで買い物をして友人が来るまでホテルで一休みしていました。


午後5時、友人が車で迎えに来ました。ということで本日はドライブデート。まずは市の北部の山頂にある城跡に連れて行ってくれました。急なアップダウンのある道を通り、その後車1台通るのがやっとでガードレールもない山道をしばらく通って目的地へとたどり着きました。山頂まで来ると結構冷えて雪が残っていたりしますが、ここからは市内が一望できます。城跡はほとんど城壁が残っているだけですが眺めがいいから連れて来てくれたようです。普段は友達とハイキングに来る場所だそうです。

次は今度はサイクリングでよく来るという場所へ連れて行ってもらいました。ここは100年ほど前に建てられた城がありました。城といっても軍人が建てたものだそうで、それほど豪勢なものではないです。ここも基本的にはサイクリング、散歩するのにいいところといった感じです。

そしてその次は高速に乗って十数分、Samoborという郊外の町までやってきました。途中道が通行止めになっていていったりきたりしていましたが、何とかたどり着きました。ここにも中世の城、というか要塞があり、さらに綺麗な街並みと教会がありました。しかし、もう日が暮れてすっかり冷え込んできたので車で町を一周して帰ってきました。

Zagreb市内に帰ってくると店が閉まる前にということでワインの買出しに行きました。友人がイースターの期間はどの店もしまっていて買えないだろうし、どうせならCroatiaらしいワインを選んだ方がいいだろうということで連れて行ってくれたのでした。赤、白、スイートそれぞれお勧めを教えてもらい、2本自分で買い、1本は友人からのプレゼントとして合計3本買って来ました。まだ飲んでないですが、どんな感じか楽しみです。

その後はメキシカンの店で夕飯を食べ、カフェでコーヒーを飲みながら色々と話しました。気づいたら周りの客はみんな帰っていて、店員も閉店の準備をしていましたが、最後に友人と記念撮影。あまり疲れている顔をとられたくないといっていましたが、説得して一枚。今日は特別にこの写真も載せちゃいます。

b0121425_55643.jpg


時間はもう12時近く。自分は次の日の朝7時のバスに乗らなければいけないし、友人も明日は仕事だし、その後イースターのため実家に車を運転して帰るそうなのでこれでお別れ。2日間夕方以降だけだったけど、とても楽しいひと時を過ごせました。色々と計画を立ててくれて、案内してくれた友人に本当に感謝です。
[PR]
by Y-Iijima_PhD | 2008-03-20 12:00 | 旅行
イースターの休みに休暇を合わせて1週間Croatiaへ行ってきました。感想はとにかくよかった。デンマークより一足先に春(夏?)を感じ、アドリア海の青い海を眺め、おいしい海の幸を味わい、歴史ある町を周ってきました。単純に観光としても十分満喫できましたが、さらに歴史を知ることで色々と考えさせられることもあり、本当に行ってよかったと思いました。

それでは旅の内容を時系列で書いていきます。


朝7時過ぎ、コペンハーゲンの空港へ到着しました。フライトが9時でイースターで混んでいそうだから少し早めに到着しておきました。今回の旅は移動がとにかく朝早いので毎日早寝早起きを心がけねばなりません。最初の目的地はCroatiaの首都Zagrebですが、この時期は直行便が出ていないのでウィーンで乗り換えです。飛行時間は合計で1時間半程度なのに待ち時間が長いのでZagreb到着は3時前になります。Zagrebは観光地としてはあまり注目されていませんが、Croatia人の友人に合うのがメインの目的なので2日滞在します。

早朝だというのに人はたくさんいましたがチェックインは全てセルフサービスで効率化を図っていました。おかげであまり待たされることなくチェックイン完了。早めにゲートまで行ってのんびりしていました。すると日本人の友人と遭遇。ウィーンに行くんだそうで、毎回ながらコペンの日本人コミュニティは狭いと感じさせられます。

ウィーンでは3時間近く待ちますが、昼飯を食べながらゆっくりしていました。天気は雪が降ったり晴れたりではっきりしません。Zagrebは晴れていることを祈ります。Croatiaは非シェンゲンの国なのでウィーンでパスポートコントロールを通ります。この先のゲートは東欧、ロシア方面行きの便がほとんどなので、行きかう人もそっち方面の人がほとんどです。本当に綺麗なお姉さんがいっぱいいるのでちょっとドキドキしちゃいます。

Zagreb行きの飛行機は今まで乗った中で一番小さな飛行機でした。かろうじてジェットエンジンだけど、扉がそのまま階段になっているぐらいで、乗客も50人程度で満席です。小さいだけあって加速も普通の車並みに速く、離陸もスムーズです。その分曲がるときのローリングが結構きついのでいかにも飛んでいるという感じがしました。


Zagrebに到着してまず思ったのは田舎だということです。空港も日本の地方都市の空港なみだし。周りを山に囲まれていて、昔住んでいたことのある松本を思い出しました。もちろんオリンピックで発展する前の状態です。ちなみにCroatiaはCroatiaではHrvatskaと呼びます。だからurlも最後はhrになっています。

バスで市内に到着すると雰囲気はコペンハーゲンで言えばNørrebroかVesterbro的な感じ。住んでいる人もムスリムはいないけど似た風貌の人が多い。しかし、やっぱりスラブ系の人たちだけあって女の子は美人が多いです。ポーランド、ロシア的な感じの美女からルーマニアとかギリシア方面の感じのエキゾチックな美人まで色々います。コペンハーゲンも美人がいっぱいいるけど、それとは違った雰囲気の人が多いです。


まずはホテルにチェックインして荷物を置きました。友人がホテルまで迎えに来てくれることになっているのでそれまでしばらく休憩。5時近くになって仕事を終えた友人と久しぶりの再会を果たしました。彼女と出会ったのは去年の6月。研究者として2ヶ月だけコペンハーゲン大学に留学していて、日本人の友人と同じゲストアパートに滞在していたので友達の友達として知り合いました。日本人の友人も、彼女も6月いっぱいしかいなかったのですが、何度か飲みに行ったり、一緒にデンマーク国内を旅行したりしました。

ということで今日は市内を案内してもらいました。建物や広場を歴史を交えて説明してくれました。Zagreb市内は結構起伏があり、ちょっとノルウェーの町に似た感じがします。道は基本的に、東西か南北に走っており、丘の上に高い建物があり、北側には山があるのでかなりわかりやすい街です。友人の案内もあり、もう地図なしで歩けるぐらいに地理は把握できました。

町のシンボルはなんと言っても大聖堂。そもそもは1000年近く前に建てられたもののようです。その後、増築、改築などがあって現在はネオゴシック様式の重厚な風貌を見せています。ロスキレ大聖堂に似ているかなとも思いました。教会の中に入るとなにやら行列ができています。友人に聞くと告白をする順番待ちだそうです。Croatiaは国民の大半が敬虔なカトリックです。老若男女問わず教会に入るときは十字を切って片ひざをつき、聖母マリアの絵の前などでも同じようにしています。デンマークなど北欧では教会にいるのはほとんど観光客ですが、ここではほとんどが地元の人のようです。周囲の目が気になるのでここで写真を撮るのは難しいです。


市内を一通り案内してもらった後は地元のパブに入り食事を取りました。メニューはすべてクロアチア語のためさっぱりわからないのですが、友人お勧めのクロアチアらしい料理を頼みました。基本的に肉がメインの料理でなかなかいけました。そして何より安い。2人でビールも頼んで80 kn。Croatiaの通貨はkn(クナ)といい、大体1 kn=1 kr=20円です。ヨーロッパなのでそこまで安くはないですが、デンマークのバカ高さに慣れているととてもお安く感じます。まあ大体日本と同じ感覚で外食ができるといった感じです。Carlsbergもありましたが、これも15 knと本国より安いです。

食事の後は3日目のバスチケットを買うのを手伝ってもらいました。Croatiaでは若い人は大体英語が通じますが、デンマークに比べるとかなり通じにくいので地元の人に通訳してもらうととても助かります。無事、次の目的地Splitまでの切符を買うことができました。Splitまで400kmありますが、値段は180knとこちらもかなり安いです。その代わり移動は5時間かかりますが。

お互い疲れていることもあり今日はこの後コーヒーを一杯飲んで別れました。コーヒーも一杯10kn程度です。しかし、Zagrebではほとんどアジア人を見ませんでした。友人もたまに中国人を見かける程度だといっていました。そしてあまり好かれていなさそうな感じでした。そのためこの地元人と日本人の組み合わせが珍しいようで周りの人が不思議そうな目で見ているのを感じました。

明日は友人が車で郊外まで連れて行ってくれるというので楽しみにしながら早めに床に着きました。
[PR]
by Y-Iijima_PhD | 2008-03-19 12:00 | 旅行

捕鯨が地球を救う

最後にもう一つ。あまり時間がないのでリンクメインで。

msnニュースより、以下引用。

鯨肉を食べて地球を救おう-。捕鯨を支持するノルウェーの団体が、捕鯨は家畜の飼育よりも排出される温室効果ガスが少ないとする調査結果をまとめた。

 同団体は、捕鯨船が排出する温室効果ガスの量を計算。牛の飼育で排出される量と比較すると、肉1キロ当たりの排出量は8分の1だったという。

 同団体は「牛肉などほかの肉を食べるよりは鯨肉を食べた方が環境にやさしい」と指摘しているが、環境保護団体グリーンピースは調査結果に反発している。(共同)


牛の場合は飼育に必要な分だけでなく反芻によるゲップにさらに温室効果の高いメタンが含まれているし、豚や鶏に比べ肉にするまでの飼育期間が長いので、あらゆる面で環境負荷が高いといえます。牛の飼育頭数を減らせば牧草地を森にできるし、飼料作物を減らせるので食料不足も解消、余った分でバイオエタノールでも作ればいいんじゃないかと思いますが、牛肉産業はアメリカ、オーストラリアの主要産業ですし強力な利権団体がいると思われるので規模の縮小はありえないでしょう。

英語ニュースにはもっと詳しく書いてあります。時間がない人はこのBlogに解説が書いてあります。

自分もノルウェーにいったときにはOsloの寿司屋で鯨の握りを食べたし、Bergenでは分厚い鯨ステーキを乗せたハンバーガーを売っているのも見ました。ノルウェーでは鯨はかなり一般的な食材という印象を受けました。

捕鯨に反対する人たちは基本的に日本バッシングによる利権がらみか、ただ感情的なものかどちらかで特に根拠のない主張ばかりだと感じます。正直、人が何食おうとかってだろうと思います。何で鯨を食べるんだ?それは旨いからに決まっているでしょうが。鯨を食べもしないで、脂やひげを取るためだけに大量虐殺してきた白人どもが何を言う。

日本の捕鯨船を執拗に妨害するシーシェパード、それを支援するオーストラリアには怒りを感じます。明らかな犯罪行為には毅然とした対応をすべきだと思います。しかし、オーストラリア人は自分勝手だ。さすがは白豪主義の国というべきか。オーストラリア人のダブルスタンダードについてはこちらのBlogに詳しく書いてあります。そしてこちらThe Australian is a Racial ideologist. に映像による証拠が出ています(残虐なシーンが多数含まれます)。

捕鯨は他の国がなんと言おうと断固として続けるべきだと思います。それは日本の文化だし、重要な食料資源だからです。しかし、国際捕鯨委員会(IWC)からは脱退するようなことはないように、あくまで話し合いでけりをつけるべきでしょう。この問題は唯一日本が諸外国に対して毅然とした態度でNoといえる問題ですから。ノルウェーともっと協力すればいいのに。アイスランドも捕鯨しているし、日本に輸出したいはずだからこちらも協力してくれるでしょう。


これで1週間分前倒しでお願いします。
[PR]
by Y-Iijima_PhD | 2008-03-19 08:23 | 世界のニュース