デンマークでポスドク、大学発ベンチャーで研究員をした後、ひょんなことから大学の助教となった一博士号取得者が日々感じたこと、たまにサイエンス(主に化学)についてつづります。


by Y-Iijima_PhD
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LSDの開発者

BBC NewsでLSDの発明者の訃報が出ていました。

LSD inventor Albert Hofmann dies

Albert Hofmann, the Swiss chemist who discovered the hallucinogenic drug LSD, has died of a heart attack at his home in Basel at the age of 102.


享年102歳とは大往生ですな。化学者は若くして亡くなる人もたまにいるけど、往々にして結構長生きで、年をとっても元気な人が多いような気がします。常に新しいこと、先のことを考え続けるので脳年齢も若いままで、見た目にも実年齢より若い人が多いように感じます。

LSDの開発の話については本で読んだことがあるので知っていましたが、発明者がごく最近まで存命であったことに驚きです。名前までは覚えていませんでしたが、ほとんど歴史上の人物に近いものがあります。

LSD自体は強い幻覚作用があり、日本では麻薬に指定されているのであまりいいイメージはないですが、非常に強力で、特殊な作用であり、開発者自らの人体実験(偶然による)によって作用が発見されたという面白いものです。彼はその後もマジックマッシュルームの成分をまたしても自分自身による人体実験で発見したようです。LSDは構造的にも面白いので、合成研究も行われています。作るんだったらマジックマッシュルームの成分の方がはるかに簡単ですが、どちらもちゃんとした理由があって許可を得ないと作ってはいけないものだと思います。

いずれにせよ彼が偉大な業績を残したことに違いはありません。自分も歴史に名を残すような仕事ができたら良いなと思います。とりあえず博士論文は国立国会図書館に収められていて、今まで出した論文はずっと残り続けるんだろうけど。
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by Y-Iijima_PhD | 2008-05-03 05:46 | 化学

a tempo

化学反応において重要な化学種にラジカルというものがあります。ラジカルとは不対電子を持つ原子、分子、イオンのことを言います(注:日本のテレビ番組とは関係ありません)。不対電子というのは読んで字のごとく対になっていない電子。人間と同じように?電子もカップルになった方がエネルギー的に安定になります。しかし、ラジカルは通常奇数個の電子しかもっておらず、あまった一つは常に結合する相手を探しています。そのため近くの分子から無理やり電子、ときには他の原子や分子ごと電子を奪い取ったりします。奪い取られた方はやはり電子が不足しているのでこれがまた新たなラジカルとなり同じことを繰り返すことになります。このようにラジカルを含んだ反応は反応が進むと新たなラジカルが生まれるという連鎖反応を引き起こします。

身近なところでは物が燃える燃焼反応が代表的なラジカル反応です。ちなみに空気中に存在する酸素分子も電子数は偶数にもかかわらず対になっていない電子があるためラジカルです。そのため酸素は物を燃やしたり、金属を錆びさせたりと高い反応性を持っています。他にもある種のプラスチックを作る重合反応だったり、オゾン層を破壊する反応もラジカル反応です。

一般的にラジカルは非常に反応性が高く、すぐ近くの分子と反応してしまうため短寿命です。しかし、中には独身貴族(死語?)を決め込む変り種もいます。その代表的な奴が2,2,6,6-tetramethylpiperidine 1-oxyl略してTEMPOです。

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この化合物はラジカルであるにもかかわらず非常に安定で普通に試薬会社から買うことができます。長寿命ラジカルとしてそれ自体興味深い化合物ですが、有機合成屋からするとその特殊な反応性のほうが重要です。TEMPOは再酸化剤と組み合わせることで1級アルコール(R'CH2OH)のみを触媒的に酸化することができます。通常は再酸化剤として安価な次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)が用いられます。

R'CH2OH + NaClO + TEMPO(触媒) → R'CHO

次亜塩素酸ナトリウムというのは一般家庭で使われる台所用漂白剤、ブリーチのことです。実際に実験手順にも家庭用ブリーチを使うと書かれていることがよくあります。ただ反応に使うには界面活性剤の入っていないものであることが大事です。100均で売っているような安物の方が良いかもしれません。

重金属も使わず、安価で毒性もほとんどない試薬でしかも選択的ということでこの反応はかなり有効です。実際に以前紹介したDiscodermolideの大量合成でも初期のkg単位での酸化反応に使われています。

自分の仕事でも1級アルコールを酸化する必要があったので、前から興味があったこの試薬を使ってみることにしました。が、化合物が溶媒に溶けないという罠。ちょっと条件を変えるか、別の反応にする必要がありそうです。
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by Y-Iijima_PhD | 2008-04-19 07:32 | 化学

史上最大の作戦

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(+)-Discodermolideはカリブ海の海綿から単離された化合物で、抗がん作用があることが知られています。その作用機構は現在でも有力な抗がん剤であるTaxol(Paclitaxel)と同じで微小管を安定化し細胞分裂を妨げるというものです。活性も高く、Taxolに耐性を持ったがん細胞にも有効と将来有望な化合物です。しかし、大きな問題はその供給にあります。海綿は0.002%(7 mg/434 g)しかこの物質を持っていないようです。そのため薬として流通させるにも必要量を海綿からとってくるのは不可能です(海綿が絶滅します)。さらにこの化合物は光で分解するそうなので33m以上深い海で育てないといけないということで養殖も難しそうです。発酵によって作る方法も頓挫したとのこと。しかし、この将来有望な化合物を試験しないでおくのはもったいないということで最後の手段として完全化学合成による供給が試みられました。

ただ見てのとおり結構複雑な化合物ですから、その合成も容易ではありません。それでもいくつかのグループが合成に成功しており、その中ですでにある程度の量を作ることに成功したグループの合成ルートを元にメガファーマの一つNovartisが化学合成による供給を試みました。実に39ステップと普通に作るにも結構つらい合成ですが、実際に合成できた化合物はなんと60g!

これを見たとき目が点になりました。mgの間違いじゃないですか。60mgでもこれぐらい複雑な化合物で合成できたら相当すごいのですが、桁が違いすぎます。この合成にかかった期間は20ヶ月、駆り出された化学者は延べ43人。メガファーマだからこそなせる業です。最初の原料は67kgと桁違い。しかも基本的には実験室レベルでの合成スキームなので工業的な大量合成には必ずしも向いていない反応がたくさんありますが、多少の改良程度でほとんどはそのままスケールアップしているようです。詳細はこちらで見ることができます。

一般的に大体の反応では副生成物、過剰な試薬、反応後の試薬カスなどを分離する必要があります。この工程はシリカゲルカラムクロマトグラフィーによって行われることがほとんどです。実際、化学合成の大半の時間はこのカラム精製に費やしているような気がします。どんな作業か気になる方はこちらのビデオをご覧ください(結構長い上に英語ですが)。実際にやるのはこのビデオを見るより面倒です。

今回の合成は精製作業が少なくて済むように大分練られた合成ルートですがそれでも17回のカラム精製をしているそうです。でも、60gカラム精製するだけでも萎えるのに、kg単位でやるなんて正気の沙汰とは思えません。いったいどんな巨大なカラムを使ってどれだけ大量の溶媒を必要とするのか想像もつきません。ちなみに60gぐらいだとカラムは直径20cm程のもので通称バズーカと呼ばれています。さらにでかいとキャノンかな。でもkg単位だと直径の単位もmになりそうです。溶媒も60gの精製で少なくとも数Lは必要ですから...

これだけ多工程を要する複雑な化合物を合成した例としては過去最大規模のものです。自分はプロセスにも興味はありますが、さすがにこれはやりたくないです。
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by Y-Iijima_PhD | 2008-04-16 07:25 | 化学

急がば回れ

最近ようやく実験がうまく行きそうな雰囲気になってきました。暖かくなってきたし、日も伸びてきたこともありやる気は急上昇中。というか先週あたりはやる気ほぼ0で惰性でやってた気がします。それもこれも実験がうまく行かなかったからに違いありません。

今作っているものは構造は出せませんが、ベンゼン環にアミノ基(NH2)とアジド基(N3)を持つ化合物です。もっともこれはもっと大きな分子のビルディングブロックの一つですが、一番の鍵となるものです。それで今までは前任者が使っていた2つアミノ基を持つ化合物から一つをアジド基に変換すれば良いだろうということでやっていました。そのために爆発性のあるTfN3を作って反応させましたがノーリアクション。よくよくデータを見てみると前任者の残したサンプルがラベルに書いてある化合物と違うものであることがわかりました。貼り間違えたのか保存中に壊れたのか分かりませんが。それでもラベルに書いてある本来必要な原料には直ぐに変換できそうでした。しかし、この反応も簡単なはずなのに思いのほかうまく行かない。それでも少しだけ欲しいものができたので再度TfN3を作って反応させましたがやはりノーリアクション。

このままでは埒が明かないのでルート変更。ボスがヨウ素からカップリング反応でアジド基に変えられるはずだというので、文献を見つけて、合成ルートを考えました。それでアジド基の導入はうまく行くようになったのですが、今度は原料にあるアミノ基せいでほかの変換がうまく行きません。

いくらやっても遅々として進まないのでやる気も急降下。ボスが3週間カリブ海でバカンスしている間も「あーうまくいかねー」と言いながらやっていました。自分も1週間Croatiaで気分転換してきましたが、帰ってきてもやっぱりうまく行かない。それで先週火曜の報告会でうまく行きませんというとこういう化合物でも良いとより簡単(そうに見えるけど、実際にルートを考えてみないとできるかどうかは分からない)な妥協案を提示してきました。

しかし、ここでその案を飲んでいたら日本人合成化学者の名が廃るということで2日間程じっくり合成案を練ってみました。自分のポリシーとして原料はなるべく安いもの、反応も確実かつ試薬も安い物を選ぶようにしていますが、これらを考慮していろいろ考えた結果、非常に実現可能性の高いルートを思いつきました。今回はもうボスのいう案も、前任者の化合物も使わない完全オリジナルです。

今までの結果から言ってアミノ基が邪魔ばかりしているので、いっそのことアミノ基はおろか窒素すら無くしてしまうというコロンブスの卵的発想で原料を選び、確実な反応として有機化学者なら誰もが知っている教科書に載っているような基本反応のオンパレードで考えついたのがこれですと出せないのが悔しいぐらい我ながらいいルートを思いついたと思います。ステップ数はちょっと多めですがニトロ化、還元、Sandmeyerでアジド基を入れ、アミノ基はCurtius転位と基本中の基本反応を多用します。配向性もバッチリ決まるはずだし、どの段階もほかの官能基には影響を与えない無理のないルートのはずです。院試の問題に出しても良いんじゃないかという気がするぐらいです。まあ、急がば回れといった感じです。

もちろん原料も試薬も格安のものばかり。欲しい化合物を1g作るのに必要な原料、試薬の合計はひょっとしたら1万円切れるんじゃないかという程お安くできそうな気がします(原料は2000円/kg)。まあ、コストはあまり問題ではないんですが、安い試薬を使う教科書反応の方がデータの蓄積も多く、確実なので、その条件が適用できれば今でも試してみる価値は十分にあります。

しかし、こういう教科書反応、実はあんまりやったことがないんです。自分に限らず多くの人がそうだと思います。大抵は条件が厳しいので複雑な化合物の合成には向いていないことが多いですから。ニトロ化なんて学生実験以来です。今回の原料はそれぐらい単純だということです。でも、やっぱり濃硫酸溶媒というのは後始末が面倒です。それに硝酸が加わるとさらに。なので今回は硝酸の代わりに硝酸カリウムを使ってみました。これだと酸の量を減らせるし、硝酸の蒸気も出ないし、当量もコントロールしやすくて結構いいです。

ただよく調べてみるとこのニトロ化した化合物は売っていたのでこの反応はもうしないでしょうな。その後の反応では一時期日本でブームになった?アジ化ナトリウムを使います。まあしょっちゅう使ってますが。Curtius転位でも使うかな。この反応も前の研究室で誰しもが知っているけど実際にやっている人はみたことがないというものの一つです。

酸化反応もありますが、こちらはSwern酸化の予定。この反応はちょっと手間がかかるのでB4、M1あたりだとこれができるようになったら一人前と見られるような反応ですが、信頼性が高いし、試薬も安く、大量でも大丈夫なので臭いにさえ慣れれば使い勝手のいい反応です。

火曜の報告会までにできるところまでやってこのルートでいくというコンセンサスを得たいと思います。ということで今日もちょっと働いてきました。明日も実験なんかしてられないというぐらい天気がいいか、外に出たくないぐらい天気が悪くない限りは少し働くかもしれません。うまくいけば一週間ぐらいでできそうなので、Pragueに行く前に本来のターゲットまで進めるように頑張ってみます。
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by Y-Iijima_PhD | 2008-04-06 06:46 | 化学

NanoKids

ご要望があったので久しぶりに化学ネタ。ちょっと古いですがJ. Org. Chem. 2003, 68, 8750-8766より。

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この当時、一世を風靡した化学界の風雲児というわけではないですが、この絵をグラフィカルアブストラクトで見た誰もが何だこりゃと思ったに違いない、まさにネタとしての化学。見てのとおり人の形をした分子を作っています。さらにこの分子は着せ替えが可能。適当なジオールと混ぜて電子レンジでチンすると違うキャラに変身!

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個人的にはNanoTexanがお気に入りです。さらに手をつないでダンスをしたりすることもできます。

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こんなに多彩なNanoKid、当然のことながら実用的には何の役にも立ちません。そもそもこの分子はアメリカのテキサス州にあるライス大学で学部生の教育プログラムの一環として作られたもののようです(だからNanoTexan)。専用のホームページもあり、ムービーはちょっと重いですが学部生には内容も英語のレベルもちょうどいいかなと思います。まあ、こういうのもありですな。周りでも批判的な意見は特に聞かなかったし。論文も結構な権威のあるジャーナルに載っているのでレビューアーもシャレがわかる人だなと思います。

しかし、こういう見た目に面白い分子というのは今までもいくつか合成されてきました。例えば立方体の形をしたキュバンとか正12面体のドデカヘドランとか。自分が最初に作った化合物も似たようなものですね(ちなみにこの化合物もドデカヘドランの合成者によって最初に作られました)。

化学というと新薬とか新素材とか機能性を重視することがほとんどですが、芸術性も同じぐらい重要です。それは分子の形だけでなく、合成ルートがいかに無駄なく洗練されているか、トータルの収率が高いかということも含まれます。さらに反応で無駄なゴミが出ない、使う試薬の毒性が低い、安いということまで盛り込めれば言うこと無しだと思います。

一流の合成化学者は確かな実験技術と反応に関する豊富な知識を持っていることは当然として、さらに芸術的な感性も持っている必要があるわけです。ということで合成化学者はミクロどころかナノの世界で小さな小さな彫刻を作り上げるまさに芸術家なのです。自分も高みを目指して精進していきます。
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by Y-Iijima_PhD | 2008-04-04 06:02 | 化学