デンマークでポスドク、大学発ベンチャーで研究員をした後、ひょんなことから大学の助教となった一博士号取得者が日々感じたこと、たまにサイエンス(主に化学)についてつづります。


by Y-Iijima_PhD
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朝5時起床。5時半に宿を出ることになっているので軽く朝食をとって、身支度を済ませて宿のおばちゃんが起きてくるのを待っていました。

しかし、5時半になっても全く誰も起きてくる気配がしません。真っ暗な中、他の人を起こすのもまずいなと思っていましたが、おばちゃんがどこにいるのかわかりません。いくつか部屋をのぞいているうちにようやくおきてきました。時間はもう5時45分。寝起きで超不機嫌なまますぐさま車へと乗せられました。

バスの時間も迫っているので車を猛スピードで飛ばしていきます。終始不機嫌なままでしたが、ぎりぎりバスに間に合い、車の中で宿の支払いを済ませました。バスの乗客はまばら。さすがに朝早い便だからそんなにたくさんは乗ってこないでしょう。

バスは基本的に空港とバスターミナルを結ぶシャトルバスのようなものですが、通り道のバス停で待っていると途中乗車も可能なようです。基本的にCroatiaでは他の長距離バスでも途中乗車が可能で、途中下車に関しては運転手に言えばバス停でないところでも降ろしてもらえます。宿の結構近くのバス停でも乗れたようだったので、ルートがわかっていればわざわざ送ってもらう必要もなかったのに。

Dubrovnikの空港は街から22km離れた山の中にあります。海岸沿いは崖だらけで平地がないので、いかにも山の上を削って作った感じがします。ターミナルビルはまだ新しい感じでZagreb空港よりも立派に見えます。Zagrebの空港もそうでしたが、こちらもゲートから直接飛行機には乗り込めず、全てバスで移動します。

DubrovnikからZagrebまではバスだと11時間もかかりますが、飛行機だとたったの50分。ただ今回のように早朝の便ぐらいしかなく、空港も街から遠いし、値段もバスの倍ぐらいするのであまり便利とはいえません。それに海岸沿いの景色がいいので片道はバスを使ったほうがいいでしょう。すぐ着くし一眠りするかと思っていましたが、気流が悪くおちおち寝てもいられません。あまりに揺れがひどかったので機内サービスも一切無しでしたがとりあえず無事に到着しました。


今日はCroatiaも休日のため、店もあまり開いていません。それに大体のところはもう見て周ったので基本的にホテルでゆっくりお休みにしました。雨も降っているし。雨が小降りになったときにちょっと散歩したり、ホテルの目の前の駅地下風のショッピングセンターでコーヒーを飲んだりしていました。

ということで今日はたいした写真もないですが、道を歩いていてちょっと気になった標識を。

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他にもautobusバージョンもありました。予想はつくと思いますがタクシーは除くという意味で、英語にすればexceptです。サッカー日本代表のオシム監督も同じスペルで旧ユーゴの言葉は基本的にどれも同じなのでおそらく同じ意味なんでしょうね。

お金は次の日の空港までのバス代をのぞいて60knほど残っていました。デンマークだとこの程度では昼飯すらまともに食べられるかというぐらいですが、Croatiaでは十分です。レストランに行けばもう少し余裕がほしいところですが、駅地下のファーストフード程度だったら使い切れません。ピザ、ホットドッグ、ハンバーガー、コーヒーのどれもが10kn程度。スーパーで売っている果物やジュースも安いので結局少しあまりました。


次の日の飛行機は8時20分とまたしても朝早い便。ホテルを6時にチェックアウトして空港に向かいました。帰りも行きと同じウィーン経由。今回もウィーンで3時間近く待ちましたが、昼過ぎにはコペンハーゲンに戻ってきました。これにてCroatia旅行は終了です。友人に会い、アドリア海の太陽を浴びて、おいしい海の幸を味わい、旧ユーゴの歴史の闇の部分にも触れるという中身の濃い旅行でした。まだしばらくヨーロッパにとどまれるのであれば是非もう一度行ってみたいと思います。次はもっと天気のいい夏がいいですね。

最後に帰りのウィーンまでのCroatia航空の機内でもらったクッキーに関する内容で閉めたいと思います。このクッキーは胡椒とハチミツ味のちょっと変わったクッキーでした。その説明文から一部引用します。

Throughout history, until most recent times, foreign invaders and aggressores have reached for this land which combines Central Europe and the Mediterranean in ideal proportions. They were after the honey, leaving us the pepper. Now when we are finally on our own, we can enjoy both qualities of this traditional biscuit.


Croatiaの今後の平和と発展を祈ります。
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by Y-Iijima_PhD | 2008-03-24 12:00 | 旅行
今日の天気はまあまあ。多少雨は降るけど傘がなくても大丈夫な程度です。ということで朝から観光開始。

まずは城壁を一周しました。街をぐるり取り囲む城壁はおよそ2kmあります。入場料が50knとちょっと高いですが、Dubrovnikに来てここを歩かないわけには行きません。城壁には大砲が置いてあったり、狙撃用の小屋があったりしてまさに要塞といった感じです。しかし、街の方を見ると赤い屋根で統一された街並みがとても綺麗です。

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城壁の半分ほどを歩くと写真のような廃墟がありました。

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どうやらこれは内戦によって破壊されたもののようです。Dubrovnikの街並みは今でこそ綺麗に復元されていますが、91年から92年にかけて激しい爆撃にさらされ甚大な被害を受けました。そのため一時危機遺産リストに登録されていました。当時の爆撃の様子はここここで見ることができます。

ガイドブックに書いてありましたが、セルビア軍を中心とする旧ユーゴスラビア軍がなぜDubrovnikを攻撃したのかは理解に苦しむところがあります。軍事的にも重要な場所ではないし、セルビア人とのトラブルも特にない地域であったにもかかわらず。セルビア軍は簡単に占領できると考えていたようで、さらに周辺に住むセルビア人を紛争に巻き込む目的があったようです。自分が思うに見せしめとして世界遺産を破壊するという目的もあったのではないでしょうか。

城壁を一周し再び街のメインストリートに戻ってくるとなにやらパレードをやっていました。今日がイースターだからなのか、それともいつでもやっているのかはわかりません。



旧市街を一通り見ましたが、ちょっと高いところから全体を見てみたいということで街の西側にある山に登ってみることにしました。ここは以前はロープウェイがあったようですがこれも内戦で破壊され未だに復旧していません。そのため山頂に行くにはタクシーで大回りしていくか歩いて山道を登るしかありません。当然歩いて上りました。

登山道は最初は森の中の山道といった感じですが、少し行くと岩だらけの開けた道を山頂まで歩いていくことになります。ある程度上ると街が一望できます。

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山頂は412m。ガイドブックには2時間の道のりと書いてありましたが、旧市街から1時間ほどで到着しました。我ながら健脚です。しかし、山頂は雲の中。視界はものすごく悪く、目の前にある建物もよく見えません。

山頂にある建物は基本的に廃墟です。これらも戦争で破壊されそのまま残されています。霧の中に崩れかけた建物があり不気味な雰囲気です。

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こちらはロープウェイの山頂駅。完全に破壊されています。

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そして、砲撃による破片を受けたと思われる扉。

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山頂には爆撃による犠牲者の慰霊碑と思しきものもありました。

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綺麗な街並みとは裏腹にDubrovnikは内戦の悲惨さを今に伝える役目もしているようです。この山頂の廃墟もそれを忘れないために意図的に残しているのかもしれません。


Dubrovnikで行きたいと思っていたところもこれで全て周ったので明日の空港行きのバスの時刻を調べにバスターミナルへ向かいました。バスターミナルは旧市街から5km離れていますが時間もあるのでまた歩いていきました。しかし、今日は休日のため窓口は全て閉まっています。外に時刻表も貼っていないので、宿に戻っておばちゃんに相談してみることにしました。

飛行機は朝7時半。これに乗るにはいったい何時に宿を出ればいいんだろうか。おばちゃんに聞いてみましたが、英語がいまいち通じません。そこでちょうど帰ってきた娘さんに通訳してもらいました。バスは5時50分にターミナルを出発するそうで、おばちゃんは朝5時半に新たな客を迎えにバスターミナルまで行くそうなので、そのときに乗せて行ってくれるということになりました。

一休みしたあと、お土産を買って、夕飯を食べるために再び旧市街まで行きました。今日はイースターなので肉は食べないというわけではないですが、今夜もシーフード。シーフードスパゲッティを頼みましたがなかなか美味でした。

明日も朝早いし、20km近く歩いて疲れたので今日も早めに床に着きました。この旅行中毎日早寝早起きの規則正しい生活をしています。
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by Y-Iijima_PhD | 2008-03-23 12:00 | 旅行
飲み会続きで更新が滞ってましたが、続けます。


今日は朝10時のバスでDubrovnikへ向けて出発します。その前に朝の散歩ということで朝7時過ぎにもう一度旧市街を周ってきました。気温はちょっと高めですが天気は少し雨模様。たいした雨ではないですが、Dubrovnikの天気が心配です。

カフェで一杯コーヒーを飲んでから宿に戻って一休み。11階から眺めるアドリア海はとても綺麗です。こうして海を眺めながめているととてもゆったりとした気分になれます。もう少し長く滞在して海辺でゆっくりコーヒーを飲んだり、本を読んだりしていてもよかったかなと思います。


10時のバスに乗り、Dubrovnikへ出発しました。今日のバスもほぼ満席。でも今日はほとんどが観光客です。SplitからDubrovnikまでは200km。しかし、ここから先は高速がないので4時間の長旅です。

Splitの街を抜けるとバスは海岸沿いの道を進みます。Dubrovnikまでリアス式海岸が続くため道はかなり曲がりくねっています。しかも海岸線がほとんど急な崖になっているので山を登ったり、下ったりしながら進んでいきます。このバスルートの景色も大変すばらしいです。晴れていればもっとよかったんだろうけど雨脚が強くなってきました。

しばらく進むとバスは内陸部の道へと入っていきました。道幅が急に狭くなり、すれ違うのがやっとです。しかも舗装もいまいちだし、崖の間をくりぬいたような狭いところを通り抜けたりします。さらに今度は完全に工事中の山道、全く舗装などされていないところを通ったりします。本当にこの道で大丈夫なのかと思うぐらいハラハラしながら行きました。

危なっかしい道を1時間ほど走った後再び海岸沿いの道に戻り、しばらくするとパスポートとアナウンスが流れゲートが見えてきました。実はDubrovnikは飛び地で陸路で行くには一部区間だけBosnia-Hercegovinaを通過しなければなりません。というわけでゲートは国境です。バスが止まると警官が一人乗り込んできて、乗客のパスポートを一人ずつ確認していきました。基本的に顔写真を見て確認するだけでスタンプは押されません。

順々に見ていって最後まで来たところで乗客の一人が理由はよくわかりませんが警官に連行されていきました。何でDubrovnikに行くのにパスポートが必要なんだとか何とかいっていたので目をつけられたのでしょうか。おかげでその乗客が帰って来るまで30分ほど待たされました。全員そろったところで出発し、少し進んだところで3時間目にしてようやく初のトイレ休憩。その後30分も進まないうちに再び国境へ。Croatiaに再入国です。今回は何事もなく通り抜けられました。

さらに進むこと1時間弱でようやく最終目的地Dubrovnikへと到着しました。DubrovnikはCroatiaの南の端の方に位置しています。世界遺産にもなっている美しい旧市街が観光の目玉です。帰ってきてから語学学校で同じクラスのMacedonia人の子が言っていましたがマルコポーロは実はこの近辺の出身なんだそうです。他にもCroatia出身の有名人には天才科学者ニコラ・テスラもいます。あとはネクタイ発祥の地としても有名です。

さて、到着してまずしなければならないことは今日、明日の宿探し。Dubrovnikではプライベートルームに泊まる予定だったので宿の予約はしていません。他の人の旅行記なんかを読むとバスを降りるとおばちゃんがうちに泊まれと声をかけてくると書いてありました。実際一人のおばちゃんが日本人かといって声をかけてきました。うちは何度も日本人をとめたことがあるし、今も一人泊まっているから是非うちに泊まれといってきました。場所は旧市街まで歩いていける範囲で、一泊120knと安かったので即決しました。そして、そのままおばちゃんの車で家まで連れて行ってもらいました。

そこの家では猫を飼っていて、おばちゃんも誰か旅行者から教えてもらったのか日本語でネコ、ネコ言っています。おばちゃんはあまり英語が話せませんが、基本的には親切な人で家につくとパンとグラッパを勧めてきました。そして何かすると口癖のようにdobro、dobro(good、good)といっています。
ちょうどもう一人の日本人が帰ってきたところだったので、少し話しましたが色々な国を回っているバックパッカーのようでした。そして出身を聞いてみるとなんと同郷の千葉県佐倉市。世界はなんて狭いんだ。


雨も小降りになったので日が暮れる前に一度旧市街まで行ってみました。宿からは歩いて15分ほど。途中で崖の上を通ったりします。この近辺もリアス式海岸でかなりの急斜面の上に街があります。

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旧市街はSplitのものに比べてさらに規模が大きく、メインストリートもゆったりとしています。基本的にこちらも石灰岩の白いブロックでできているところは同じです。でもはるかに観光地化されていて日本人のツアー客もたくさんいます。ぐるっと一周しているうちに日も暮れてきました。夜になると街中がライトアップされて綺麗です。

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今日の夕飯は旧市街のレストランでシーフードを食べました。レストランの前を通り過ぎると店の人がようこそ、おいしいと日本語で話しかけてきます。それだけ日本人がたくさんきているということでしょう。シーフードはもちろんおいしいですが、値段はSplitの倍ちかくします。友達もDubrovnikは何もかも高いといっていたけど本当でした。

観光は明日にして、今日は長旅で疲れたし早めに床につきました。明日晴れてくれることを祈りつつ。
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by Y-Iijima_PhD | 2008-03-22 12:00 | 旅行