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デンマークでポスドク、大学発ベンチャーで研究員をした後、ひょんなことから大学の助教となった一博士号取得者が日々感じたこと、たまにサイエンス(主に化学)についてつづります。


by Y-Iijima_PhD
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a tempo

化学反応において重要な化学種にラジカルというものがあります。ラジカルとは不対電子を持つ原子、分子、イオンのことを言います(注:日本のテレビ番組とは関係ありません)。不対電子というのは読んで字のごとく対になっていない電子。人間と同じように?電子もカップルになった方がエネルギー的に安定になります。しかし、ラジカルは通常奇数個の電子しかもっておらず、あまった一つは常に結合する相手を探しています。そのため近くの分子から無理やり電子、ときには他の原子や分子ごと電子を奪い取ったりします。奪い取られた方はやはり電子が不足しているのでこれがまた新たなラジカルとなり同じことを繰り返すことになります。このようにラジカルを含んだ反応は反応が進むと新たなラジカルが生まれるという連鎖反応を引き起こします。

身近なところでは物が燃える燃焼反応が代表的なラジカル反応です。ちなみに空気中に存在する酸素分子も電子数は偶数にもかかわらず対になっていない電子があるためラジカルです。そのため酸素は物を燃やしたり、金属を錆びさせたりと高い反応性を持っています。他にもある種のプラスチックを作る重合反応だったり、オゾン層を破壊する反応もラジカル反応です。

一般的にラジカルは非常に反応性が高く、すぐ近くの分子と反応してしまうため短寿命です。しかし、中には独身貴族(死語?)を決め込む変り種もいます。その代表的な奴が2,2,6,6-tetramethylpiperidine 1-oxyl略してTEMPOです。

a tempo_b0121425_7201635.jpg


この化合物はラジカルであるにもかかわらず非常に安定で普通に試薬会社から買うことができます。長寿命ラジカルとしてそれ自体興味深い化合物ですが、有機合成屋からするとその特殊な反応性のほうが重要です。TEMPOは再酸化剤と組み合わせることで1級アルコール(R'CH2OH)のみを触媒的に酸化することができます。通常は再酸化剤として安価な次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)が用いられます。

R'CH2OH + NaClO + TEMPO(触媒) → R'CHO

次亜塩素酸ナトリウムというのは一般家庭で使われる台所用漂白剤、ブリーチのことです。実際に実験手順にも家庭用ブリーチを使うと書かれていることがよくあります。ただ反応に使うには界面活性剤の入っていないものであることが大事です。100均で売っているような安物の方が良いかもしれません。

重金属も使わず、安価で毒性もほとんどない試薬でしかも選択的ということでこの反応はかなり有効です。実際に以前紹介したDiscodermolideの大量合成でも初期のkg単位での酸化反応に使われています。

自分の仕事でも1級アルコールを酸化する必要があったので、前から興味があったこの試薬を使ってみることにしました。が、化合物が溶媒に溶けないという罠。ちょっと条件を変えるか、別の反応にする必要がありそうです。
by Y-Iijima_PhD | 2008-04-19 07:32 | 化学